考えることサボらない

かんがえるかんがえる

一週間たたないうちにまとめましょう。Torideの経営塾「思考法ワークショップ」についてです。
ワークショップなのでブログはいいかな、と思いましたが訓練なので書きます。カキカキ。

「考える」と「思う」について。
普段何気なく使っている、「考える」と「思う」の違いについて「考え」ました。

思う、はパターン化されてて、そこから選んでる感じです。
Aの場合はこれ、Bの場合はこれ。if文、switch文1節だけみたいな。
早いし、悩まない。
感情が入るのはこちら。

考えるは、フローチャートを作る的な感じでしょうか。
いろんなルートと手順が入り混じります。
時間がかかって、悩みまくる。

普段「思う」で選んじゃってることを、ひと呼吸おいて「考える」のフィルター通して選ぶようにしたいです。
考えることをめんどくさがっちゃいけませんね。

次に、なんとはなしに使ってる「言葉」について。
話したことが正しく伝わらない、ということがあります。自分の話した内容と相手が理解した内容の食い違い。
なんで違いが起きるかというと、自分と相手で言葉の意味が同じではないからです。

言葉を相手の持っているデーターベースに合わせて、もしくは「この言葉はこういう意味です」というのを示して、はじめて正しく物事が伝わります。

何か議論するときは、思ったことをぱぱぱと口に出すのでなく、正しく伝わる内容を頭で考えてから、話に加わりたいですね。
この「考えて話す」スピードをアップしたいものです。(後から、「あ!あのときああ言えばよかったのか!」というのを減らしたい。)

これらを踏まえまして、お題「スマホは○○なので、あったら便利」という文章を参加者それぞれで作りました。
理由をちゃんとつけて、相手に伝わる文章を考えて作ります。作った後は、発表して、ツッコミを受けます。
ツッコミを受けた時も、「○○だと思います」でなくて「○○だと考えます」と、考えて理由を示して答えます。
なかなかこういう論戦(というほどでもないですが)するというのをあまりしないので、頭をぐるぐる使いました。

私は「なるべく、まるく、おさめたい」という方向に行きたくなっちゃうので、こういう訓練も必要だと思いました。

こちらのワークショップ受けてから、文章を書いていて、「思います」というのを使うのをちょっとためらうようになりました。
「思います」「感じます」を文書の最後に入れると、「自分の主観が入ってますので、参考程度にしてね」という暗黙の逃げが入るなと思いました。(でも使ってしまう。)
自信がないと、なかなか断言した文末にはできませんね。

ノルマがなくてどうやって仕事するの

人として扱いましょう(人じゃないっぽいけど)

わたわたしている間にまた受講から一週間経ってしまいました。
Torideの経営塾(正しくは今日から始める経営塾)マネジメント!に入りました。わー経営っぽいですね。

マネジメントがなんで生まれたのかという歴史から。

前回、働くというのがどう変わってきたか、という流れを聞きましたが、そのおさらい的なお話。

17世紀ごろ

ヨーロッパ(英国だったかも?)にて、農業から工業に産業の重点が移行。
機械が導入されて、部品がいっぱいで複雑なものを組み立てる重工業化が進みます。
人が増えて、いろんな人がいろんな仕事をするようになります。
経営者ひとりで全部見て回る、なんてことが無理になってきます。
そのため、各仕事毎にまとめる人、管理者が必要になってきます。

18世紀ごろ

アメリカでは造船業が盛んになります。船、でかい、複雑、人いっぱい。
各仕事は親方的な人がまとめてましたが、親方も含めてみんなでサボる(サボタージュ)!なんてことがおきたりしてました。すごいやアメリカ人。経営者困っちゃうね。

19世紀ごろ

貿易が盛ん。そして戦争の時代です。

20世紀初頭ごろ

科学的管理の原理:テイラー

ここではじめてノルマ、という概念が出てきます。この時間でこのぐらい作れる、というのを調査して、それに従ってこんだけ働きなさい、という指標を示します。
そして飴とムチな、よく働いたらボーナスつけて、サボったら減給、という働く意欲を持たせる方法。
仕事をうまく回すために、仕事の種類別(製造・販売・財務・企画など)にまとめた組織を作る。
(前期の講座の資料見たら、ライン&スタッフ方式とメモってありました。通常業務部門(ライン)と企画部門(スタッフ)を分ける。)

ほかっとくとサボるので、管理が必要、ということから出てきたそうな。
アメリカ人はほかっとくとサボるのか!というのが一番の驚きでした。日本人真面目だ。

管理過程論:ファヨール

計画を立てて、計画実行できる組織を作って、運営していく、というプロセスが経営管理ですよ。

官僚組織論:マックス・ヴェーバー

よく見る組織図のピラミッド型・トーナメント型の組織が合理的に管理的できますよ。
それぞれの部門ごとに管理者とつけて、さらに上に管理者をつけて、さらにその上に…という組織。

必要に応じて対応してきたら、マネジメントが生まれた(という概念を見つけた?)、という流れのようです。

このような流れで、人は管理が必要、ということになったのですが、いろいろ課題が出てきます。
* できる人並の仕事を全員に求める→みんなでサボる
* 誰でもできる仕事が増える→入れ替え可能なので扱いがぞんざいに
* いろんな仕事が増える→扱いどうするの?

人間関係論:メイヨー・レスリスバーガー

人はどういう環境ならよく働くかというのを調べるホーソン実験というのが行われました。
がちがちに管理した環境より、仲間と仲良く気持ちよく働ける環境の方が作業効率が上がる、ということを見つけました。

バーナード理論

リーダーの資質がチームを変える!

人は怠けるから飴とムチで管理するんだ、という考えから、人はいい環境があれば効率が上がるから、よりよく働けるような組織作りをしよう、という考えに発展してきました。

Topicsとして、前回やったマズローさん、マクレガーさん、バーリ/ミーンズ、ウィスラー、ドラッガーを紹介されました。詳しくは調べてね。

現代

1950年ごろは、軍需で、お客さんは国。作ったら作っただけ売れていた時代でした。
しかし、現代は民需。お客さんが一般の人になって、ただ作っただけでは売れない時代になりました。

どういう物を作ったらいいのか、どう売ったらいいのか、どういう組織にしたらいいのか、なんて解決すべき課題が出てきました。
そこで、いろんな理論が出てきます。

マーケティング
買ってもらる、求めているものを提供する
コンティンジェンシーアプローチ
状況に応じて組織形態を変える
企業と社会の理論
社会のためになるものを提供する
経営戦略
マーケティングに合わせて、将来を見据えた計画を立てる

さて、ここまで聞いてきて、マネジメントって結局何だろう、となります。
経営のテクニック的なものではないというのはわかります。
もっと基礎のものです。とても広いものというのもわかります。

マネジメントの大本はたくさんの人と物を効率よく管理するために生まれました。
そこから、企業どんどん大きくなって、あれやこれやと問題が出てきて、それを解決すべく試行錯誤しながら実践検証し、そこから新しい理論が導きだされるようになりました。
問題があって、それをなんとかしようとしてる限り、マネジメントは変化と拡大をしていくんだろうなと思います。

でも基礎の基礎は、人と物の管理。ここができてないと、それ以上のことはできないのだと思います。

3行まとめ

  • ノルマは働く指標になるね
  • 人は人として扱ったほうが生産性が上がるよ
  • 作ったら売れる時代は終わっちゃったから次の手が必要だよ(→次に続く)

なんで働くのだろうな、働くってなんだろな

マズロー山

今回(一週間前ですが)のToride経営塾の講座は「何故、働かなければならないのか」がテーマでした。

働くのは当然、食べてくため、なんですけど、それ以外に何があるのかな、ということについて。

まずは、働く、というのがどういう風に歴史的に変わってきたという流れについて。

家庭内分業
昔は農作物じゃない物(家財道具や衣服とか)は、農民が農業してないときに、一家で作ってた。
工場制手工業
いろんな技術が発展して、農作物がたくさん取れるようになります。
農作物じゃない物(以下、物)を作る時間が増えて、一家で作るより、みんなで一緒に売り買いしたり作業した方が効率がよいんでない?ということで、人と材料と道具を集めた工場という場所ができます。
工場は人も物たくさんなので、まとめて管理する事が必要になります。管理する人(経営者/資本家)と管理される人(工員)に分かれます。
機械制大工業
技術がさらに発展して、今度は機械が導入されます。
さらに工場に人と材料と道具(+機械)が増えまして、経営者もひとりじゃ管理しきれなくなります。工員も全部ひっくるめてでは扱いづらくなります。
そこで、全体を見る人(経営管理)、仕入・製造・販売などそれぞれの役割に応じてまとめる人(部門管理)、工員をまとめる人(職能長)、そしてその下の一般工員、と分かれていきます。

この流れは100年ぐらいかけて変化してきていて、現代に続いております。

管理する側と管理される側、と働き方が二分されました。管理する側は、替えが効かない専門性を持つので、お金をたくさん得られて、決定権もあって、自由に働ける。(ルールを作る側)
管理される側は、替わりがたくさんいるので、安いお金しか得られず、決められたことに従って働くしかない。(ルールに従う側)

更にこれがどんどん進んで、格差社会、というものになってきています。
働く事だけでなく、資産・情報・健康など全ての物事について、持つものと持たざるもの二極化が進んでいます。

現代のお話

80年代までは、大量生産・大量消費で、良い物を作れば売れる時代。
90年代からは、一通りの物は揃ってしまって、多品種少量生産で、自分だけのもの・人とは違うものを求めるように。

高い物・たくさんの物を持っていれば、豊か(幸せ)ではなくなってきました。

さて、幸せってなんでしょう???

自分のルールに従って生きることが、幸せ、なのでは?
他人の作ったルールに従って生きるか、自分のルールに従って生きることができるか?

欲求五段階説

そしてここで、どどーんと心理学者マズローさんの「欲求五段階説」というのがでてきます。
※詳しく知りたい人はWikipedia読んでさらにぐぐってさらに本読みましょう。

簡単な解説(というか私の解釈。なので違ってるかもしれない。)※下から順に書いています。

生存欲求
死にたくない。ご飯食べたい。眠りたい。
安全欲求
常にどきどきびくびくして生きたくない。治安がよいとこで生活したい。生活を安定させたい。
社会欲求
仲間が欲しい。(精神的な)居場所が欲しい。
尊厳欲求(上位と下位があるよ)
お金持ちになりたい、地位が欲しい、尊敬されたい、賞賛されたい。

この尊厳欲求、どんな欲かわかんなくてもやもやと考えていました。

地位名誉賞賛欲、これあんまりない人もいるなあ、と思ったりもしました。(日本人はあんまりピンとこない人も多いらしい。)
目立ったりせず、穏やかに毎日送れればいいや、みたいな。

「他人が望んでいるであろう行動をして、他人に影響力を持ちたい。」という欲かなーっと考えました。(もやもやしてますが)

他人から想定内の反応が返ってきて、満足を得られるのが下位の尊厳欲求。見返りを求める行動。
イマイチな反応だと、がっかりして行動をやめちゃう。

想定外の反応でも、満足を得られるのが上位の尊厳欲求。見返りを求めない行動。
行動することが目的なので、他人の反応によって行動することをやめたりはしない。(反省はするかもしれんけど)

自己実現欲求
あるべき自分になりたい欲求。

この欲はもやもやしてまだまだわかんないです。尊厳欲求の対象が(自分も含めた)世界に広がった感じかなあ。
自分にしかできないことをやる。自分を通して世界に何ができるかな。

その上は偉人聖人の世界なので、まあいいや。

この欲の階層は一段階ずつ上がって(満足して)いかなくても、段飛ばしでもいけるようですが、それなりに難しいようです。

ここ一週間ほど欲と満足について考えておりました。
欲をどう満足させるかによって、人の生き方が決まってくるのかな、と思います。
なるべく上の欲を満足させるような行動を取るのが、人間らしい生き方ができるのではないかな。

なんで経営学でこの話が出てきたかといいますと、経営って何がしたいってのがわかってないとできんのです。目指す先がないといけない。
加えて、人の欲・求めてる物事がわからないと、マーケティングもできません。

自分の欲と他人の欲を理解しないといけないのですね。

3行まとめ

  • 格差は大きくなっていくよ。
  • 人にはない能力・知識があるのが大きな力になるよ。
  • 何をしたいか、どう働きたいかを考えよう。

ふと気づいたこと

職人さんは高い技術を持ってるけど、技術革新によって機械に代替されることがあるから、専門性が低い、ともいえるのかもしんない。技術を時代に合わせていけれたらそれはすごく高い技術かも。
産業でなくて、文化になってしまえば、そのままでも専門性が高い職になるのかも??